個人事業主が亡くなると、事業用の預金、売掛金、在庫、設備、借入金も本人の相続に入ります。法人のように、本人と事業を別々の名義で考えることはできません。
ただし、事業を引き継ぐか、廃業するかをその場で決める必要はありません。最初に行うのは、進行中の仕事と入出金を把握し、損失が広がらないようにすることです。
会社や事業が関係する相続では、この記事で扱う問題だけでなく、相続人、財産、期限のある手続を全体で見ておく必要があります。最初から順に確認したい方は、相続手続の全体像もあわせてご覧ください。
今日止めると困るものを確認する
まず、故人の手帳、メール、請求書、会計ソフトから、次の予定を確認します。
- 納品日や予約日が近い仕事
- 入金予定の売掛金
- 従業員や外注先への支払日
- 店舗の家賃、仕入代金、リース料
- Webサイト、ドメイン、サーバーの更新日
- 許認可の期限や行政への届出
あわせて、故人が加入していた国民健康保険・国民年金についても、市区町村や年金事務所での手続が別途必要になります。
ご家族が仕事を完成できない場合は、取引先へ死亡の事実と連絡窓口を伝えます。引き継げる人がいるか、途中までの成果物をどう扱うか、前払金を返す必要があるかを、契約内容に沿って確認してください。
事業用口座も本人名義の口座である
屋号が付いた口座でも、口座名義人が個人であれば、その預金は故人名義の預貯金です。金融機関が死亡を知ると、通常の入出金が止まることがあります。
口座が止まる前に家族がキャッシュカードで引き出す方法は避け、銀行へ相続手続と当面の支払い方法を確認します。事業を続ける場合も、後継者自身の口座や事業体制へ切り替える必要があります。
引落し一覧は、継続する契約と解約する契約を見つける資料になります。口座を解約する前に、直近1年分程度の取引履歴を確保しておくと、未回収の売上や継続課金を探しやすくなります。
相続財産と、これから生じる事業収入を分ける
死亡前に提供した商品や仕事の報酬は、故人の売掛金として相続財産になることがあります。一方、後継者が死亡後に新しく受注し、自ら提供した仕事の収入は、後継者の事業収入です。
在庫や設備を後継者が引き継ぐ場合は、何を誰が取得したかを遺産分割協議書で特定します。仕入先との契約、店舗の賃貸借、電話番号、Webサイトなどは、相続財産を取得しただけで自動的に契約名義が変わるとは限りません。相手方へ承継や再契約の可否を確認します。
借入金と相続放棄の期限を先に確認する
事業用の借入れ、買掛金、リース料、未払税金も確認します。資産より債務が多い可能性があるなら、在庫の処分や預金の引出しを急ぐ前に弁護士へ相談してください。
相続放棄や限定承認の申述期間は、原則として相続の開始を知った時から3か月です。故人に確定申告が必要だった場合の準確定申告は、相続の開始を知った日の翌日から4か月以内です。国税庁の案内を確認し、申告が必要か税理士へ相談します。
相続税の申告・納付期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。事業用資産がある場合、評価や特例の適用によって申告要否や税額が変わるため、詳しい計算は税理士へご確認ください。
個人版事業承継税制という選択肢もある
個人事業主が事業用資産を相続する場合、一定の要件を満たすと、相続税・贈与税の納税が猶予される制度(個人版事業承継税制)を利用できることがあります。
対象となるのは、宅地、建物、機械・器具備品、車両など、青色申告書に添付する貸借対照表に計上されている事業用資産です。都道府県への「個人事業承継計画」の提出や、一定期間の事業継続など、複数の要件を満たす必要があります。
この制度は要件・手続ともに複雑で、適用できるかどうかは資産の内容や事業の継続見込みによって変わります。制度の存在を知らずに相続税を通常どおり納めてしまうケースもあるため、事業用資産の承継を検討する段階で、一度、税理士に適用可能性を確認することをおすすめします。(要件の詳細・最新の適用条件は税理士・国税庁の案内でご確認ください)
許認可は事業ごとに扱いが違う
営業許可や登録は、相続財産を受け取ればそのまま使えるとは限りません。相続による承継制度があるもの、死亡後の届出で足りるもの、新規申請が必要なものがあります。
許可証と申請書控えを探し、許可行政庁へ早めに確認してください。期限が短い制度もあります。たとえば建設業許可では、相続人が地位を承継するための認可申請に死亡後30日以内という期限があります。
続けるか廃業するかは資料をそろえてから決める
次の情報がそろうと、判断しやすくなります。
- 月ごとの売上と固定費
- 未納品の仕事と未回収の売掛金
- 在庫、設備、車両の状況
- 借入れ、リース、保証
- 店舗や事務所の契約
- 許認可と必要な資格者
- 引継ぎを希望する家族や従業員の有無
事業を続ける場合は、後継者の開業、税務、契約、許認可を整えます。廃業する場合は、未完了の仕事を終え、債権を回収し、契約と許認可を閉じます。
廃業を選ぶ場合は、税務署への「個人事業の開業・廃業等届出書」「所得税の青色申告の取りやめ届出書」、消費税を納めていた場合は「事業廃止届出書」など、複数の届出が必要です。青色申告や消費税(インボイス登録を含む)は、後継者が事業を続ける場合も自動的には引き継がれず、後継者本人が改めて届出・登録します。
次の確認へ進む
この記事の問題と一緒に確認しておきたい手続を、次の2本で説明しています。現在の状況に近い方からお読みください。
- 個人事業の売上が入る口座が凍結されたとき、家族はどう対応する?
- 個人事業を配偶者や子どもが引き継ぐときに必要な手続(執筆中)
事業承継をするかどうかの整理についてはこちらをご確認ください。

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